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男が目を開けると、死んだはずの妻が前に座っていた。突然のできごとに心臓がとびはねる。これは幽霊か、幻か。自分はつい先程まで喫茶店にいたはずなのに? 頭のなかは混乱し、声もでてこない。
「どうしたの?」
微笑み首をかしげる彼女。男はおそるおそるあたりを見まわす。白いテーブルにのっている高級そうな料理にワイン。ディナーを楽しむために、めかしこんできている人々。窓の下を星のように流れていく車のテールランプ。
ここは……。男はいつの間にかホテルのレストランにいた。かつて、彼女にプロポーズした場所に。
男の脳が、無意識のうちに辻褄をあわせはじめる。この都合のよすぎる現状を受け入れるために。
ああ、そうだ、これからプロポーズするつもりだったのだ、と男は我に返る。しかし、さっきまで脳裏に浮かんでいた映像は何だったのだろう? と生じた疑問には、ああ、不安が見せる白昼夢だったのか、と結論づけた。男は瞬きを一つして白昼夢をふりはらい、指輪をとりだした。彼女を幸せにするという思いをさらに強くして。
そして、二人は結ばれた。
新しい生活は幸せそのものだった。 共働きなので家事は分担。
男は妻のために料理を覚えた。 休日には腕をふるい、少しばかり凝ったものも出す。冬の寒い日に出したシチューは「すごく、おいしい!!」と彼女を満面の笑顔にした。
『あなたは稼いでくれているんだから健康でいてもらわなきゃ』
そういえば、ずっと昔、自分にそう言ったのは誰だったろう?
男は、ふと、不思議な思いにとらわれた。けれど、そんなことは、後かたづけをしているうちに忘れてしまう。それよりも今は車の購入を検討しなくては。
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