第1章

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 しばらくして、男は車を買った。通勤にも使うつもりだが、何より妻をいろいろな場所に連れていきたかったのだ。それに、これで買い物も楽になるだろう。色は彼女の好きなモスグリーン。カーナビも装備してある。  この車を購入するとき何故か少し胸の奥がさわついた。 『車なんて運転して万が一あなたに何かあったら嫌なのよ。だから、絶対に買うのはやめてね』  と誰かに心配されていたような気がしたのだ。男は、「高い買い物に躊躇しているのかもしれないな。こんなことを思うなんて」と、苦笑した。  かすかな違和感をぬりつぶして、毎日が平穏なふりをして過ぎていく。  ある晩、男は愛車で家路を急いでいた。朝、妻の顔色が悪いように見えたのだ。本人は「大丈夫よ、心配しないで」と笑っていたが、早く帰ってやりたい。  まっすぐな道でさらにスピードをあげると、視界の隅から何かがとびだしてきた。  危ない!  あわててハンドルを切ったところで、男の意識は途切れた。 *****************  女は棺を前に呆然としていた。  そこには愛する夫が横たわっている。  彼が交通事故を起こしたのだという。車で人をはねたあと、壁に激突して死んでしまったのだ、と。被害者は一命をとりとめたものの重症らしい。  愛する者の死と、被害者の容態。その事実に耐えきれず、女は倒れた。遠のいていく意識のなかで、「ああ、わたしも死んでしまいたい。いえ、それよりも、もう一度やり直すことができるのなら……」と 叶えられるはずのない願いを抱いて。
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