一章 逃亡。

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▽ ガラガラと車輪が回る音で目が覚める。長い道中を走り続けた車輪は今にも外れそうな喧しい音を立てながら走る。先日からの長距離移動で溜まった身体の疲れは残念ながら満足に取れていない。 「目が覚めた? おはよう」 にっこりと微笑みを向けてくるのは見慣れた顔だった。俺は返事をせずにむき出しの荷台に作られた寝床から、少しだけ見える外の景色に目を移した。 どうやらまだ夜明け前だったらしい。うっすらと明るくなり始めた空が景色に色をつけ始めていた。満足に手入れのされていない道に、相変わらず代わり映えのしない平原だったが、目的地まで近づいているということはなんとなくわかった。 何度も訪れているのだから当然だ。 「おはようフィナ。ちゃんと寝られたのか?」 「うん。私は結構ゆっくり寝られたかな」 両手を上に伸ばして背筋を伸ばしながら間延びした声が返ってくる。 「つっても昼頃に着くんだろ? まだ寝ていても問題ないか」 そう口に出したは良いものの二度寝する気にはなれなかった。すでにこういうことには慣れているつもりだが、やはり緊張しているのかもしれない。それにひどく揺れるこの環境では、眠りにつくまでには慣れていようと時間がかかってしまう。 「寝起きだとちゃんと動けないでしょ? 起きてようよ」 長い付き合いということだけあってよく分かってらっしゃる。自分の口元が自然と緩むのが分かった。 「そうだな。そうするよ」 体に掛かっている薄汚れた布を横によけ、ゆっくりと体を起こす。涼しい風が髪を撫でた。なかなかに気持ちが良い。夥しい荷車のおかげで車輪の音が一帯に響き渡っている。 この荷車の集団、俺達の所属するギルド【デトラ】はアーダント国とファント王国による戦争に参加すべく、数日をかけて戦線に移動しているのであった。
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