一章 逃亡。

35/36
141人が本棚に入れています
本棚に追加
/202ページ
やはり強い。格が違う。 「エース!」 フィナが聞いたことのない声を出す。半分悲鳴のような叫びだ。 そんなフィナを気にする様子もなくエースは風魔法を使うとフィナを抱え、すぐさま俺達との距離を取った。 速い。これまで見てきた中でも間違いなく最高速だ。エースが明確な怪我を負っていることなんてほとんど見たことがない。そのエースに傷を負わせただけなのに、自分がなんとなく誇らしくなっているのが情けない。しかし、そんな状況でエースはいままで見てきた中で最高速で動いて見せた。本当に底が見えねぇなこいつは。 そのままエースたちは広場から伸びている一本の道に入ったかと思うと、今度は民家の屋根に登った。 騎士団の部隊が魔法で追撃する。よく見れば龍族の何体かは重傷を負っていた。数十体いる龍族達でも勝てないのか。 「ここで良い!」 さっきの悲鳴を最後に黙りこんでいたフィナが突然大声を上げた。それと同時にエース達が光に包まれ始める。 「撃て! また逃げられるぞ!」 フィナの目には涙が溜まっていた。エースの出血は相変わらず止まっていない。 今の状況であの瞬間移動はおそらく身体になんのダメージも負わない訳ではないだろう。 龍族が次々に魔法を撃つが、そのすべてを剣を持たないエースが撃ち落としていた。 まさに全力だろう。加えてフィナの魔法はこれまでの比にならないくらい発動までの時間が長い上に、光も強い。長いといってもほんの二、三秒。そのわずかな時間の後、魔法は発動した。 龍族以外の騎士団とデトラのメンバーはもれなく目を瞑ってしまっていた。 「なんでも良い! とにかく逃がすな!」 めちゃくちゃな方向に騎士団員達が魔法を撃つ。 薄目をあけて見てみると、エース達の方向に向かっているものもあれば、龍族の魔法を邪魔する物もある。 炎、水、風、雷、土、あらゆる魔法が飛び交うが、エースは一つたりともフィナに当てさせなかった。 エース達がふわりと浮き上がり、光の中に姿を消していく。 さっきまでの移動とは異なり一瞬で消える訳ではなく、身体の端から徐々に見えなくなっていった。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!