一章 逃亡。

3/36
前へ
/202ページ
次へ
太陽が昇り周囲が十分明るくなったところで一旦、朝食を兼ねた休憩が行われる。夜間の移動は交代で見張りをするため、十分休めた者は少ない。 おそらく約二名を除いては。 各々が朝食を取る中、その二名が全員に声が届く位置で不愉快な声を荒げた。表情から見てなかなか重要な話らしい。 「お前ら良く聞いておけよ! 昨日の夜にファントの使者が俺のところにきた!」 ファントの使者、という単語に周囲がざわついた。理由は簡単で、今回の戦争で俺達が雇われたのはアーダントだったからだ。 「要件は今回の戦争でファント側に付け、とのことだ。やつらかなりの大金を積んでくれた。リスクは大きいが今回はファント側に付く。いいな!」 周囲のざわつきは収まらないがラット――うちのギルドマスターの決定だ、誰も反論はできないだろう。 それに大金という単語に笑みを浮かべている者までいる。少しは恥ずかしくないのだろうか。 デトラの本部自体はアーダントにあり、アーダント出身のやつも少なくないだろう。俺と同じ気持ちのやつもいると信じたい。 「っち」 聞こえないように小さく舌打ちをする。俺達二人にとってはこの報告はまったく嬉しいものではなかった。だが仕方ない。これも仕事だ。 「随分あっさりと寝返ったね……」 「仕方ないさ。今回の戦争はお互いまだ全力じゃない。大丈夫だろう」 表向きは外交のもつれから始まったとされている今回の戦争だが、実際は違う。いわゆる大戦景気を目的とした傀儡戦争だ。その証拠に、今回の戦争は両国共にかなりの数のギルドに声を掛けお互い戦わせている。そのため、戦争を決めきる前に俺たちは離脱することになるだろう。 普通に街で生活していると戦争の内情など分からないかも知れないが、デトラに限ってそれはありえない。 この国、いや大陸全体で見ても一、二位を争うギルドだ。全体の戦力を考えれば、一国の騎士団にだって見劣りしない。戦争の情報は毎日、詳細に仕入れられ入ってくる。 今回アーダントから依頼がきたのも、おそらくラットが裏で動いたからだろう。大金が動く戦争で、その利益の一部を享受したいという考えはいかにもラットらしい。 デトラが参加していない現状では、戦況はアーダント側がほんの少し不利といった状況だ。しかしデトラが参加すればきっと形勢はひっくり返ってしまうだろう。それくらいデトラには影響力がある。デトラの判断次第で戦況が動くといって過言ではない。 両国とも騎士団は出していない。国が本気で戦争をする気はないという証明だ。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!

141人が本棚に入れています
本棚に追加