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母に宛てた手紙がただ4つに折りたたまれ、簡素な文鎮の下に置いてあったのだ。
手紙と言うより、遺書と言うべきか。
別に、遺書はいい。問題はその内容なのだ。
そこには母への感謝の言葉と共に、いままで隠し続けていた、自分の過去の浮気の事実が書いてあった。
《実は外に子供が1人いる。もう中学生だし、金の話はついている。何の問題もない。ただ、隠し続けていたことを詫びなければ、あの世では外道にまで落とされる気がして今、これを書いている次第だ。申し訳なかった。》
……と。
「バカか、あんたは!」
咄嗟にくしゃくしゃに丸め、ジャケットのポケットに突っ込んだ。
―――懺悔して許されて、あの世で極楽浄土に行きたかったか?
正直者の鎧を着て、結局のところ臆病なだけの自己中で。まったくあんたらしい。
母さんを不快にするだけの秘密なら、墓場まで持っていってやれよ。―――
心の中で思い切り悪態をついた。
最期くらいは感謝し、尊敬する父親として厳粛な気持ちで送り出してやろうと思っていただけに、この手紙は誠一を打ちのめした。
もちろんその怒りを面に出すわけにもいかず、誠一はいったん憤りを胸の内に収め、なんとか気持ちを鎮めながら、葬儀を終えた。
こんな手紙、捨ててしまおうか。……いや、けれど……。
精進落としまで終え、やっと家族3人だけで自宅に帰ってからも、誠一の頭の中ではそんな事ばかりがぐるぐるめぐり、気持ちが張り詰めていた。
内容はどうであれ、やはりあれは世間で言うところの遺書なのだろう。
祭壇の父親の顔を見つめながら、誠一の気持ちも揺れる。
もう余命がない事を悟り、気弱になって後先考えずにそれを書いてしまった父を、哀れに思う気持ちも無いわけではない。
そんなものを、丸めてポケットに入れてしまった自分の行為も、罪なのかもしれないとも思った。
けれど寝不足でどうにも回らない頭では、その問題を追求する事も出来ず、誠一は取りあえず保留にした。
いつか答えが出るとも思わなかったが、とりあえず考えるのをやめた。
その“保留にされた手紙”は今も、身につけているジャケットのポケットに入ったままだ。
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