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けたたましいクラクションが突然響き、急に左腕を強く掴まれ、後ろに引き戻されるまで、誠一の意識は完全にトリップしていた。
手から離れたこうもり傘が、宙を舞うのを目で追った後、やっと鮮やかな歩行者用信号の赤と、走り去る車のテールランプが目に入ってきた。
誠一の体は、その掴まれた腕に引かれるままに呆気なく後ろにひっくり返り、ボストンバッグを握ったまま、道の隅の水たまりに見事に突っ込んでしまった。
バシャリと大きな音を立て、かなり冷たい10月夜の泥水を全身に浴びた誠一は、唖然として固まった。
クラクションを鳴らした車はこうもり傘を弾き飛ばしただけで、文句も言わず走り去り、車道にはまた、何事も無かったかのように、スムーズな車の流れが戻っていた。
「大丈夫ですか?」
不意に後ろから声がし、振り返ると、1人の軽装の青年が、中腰になって誠一を覗き込んでいる。
たぶん自分も一緒になって水たまりに突っ込んだのだろう。
ジーンズも長袖Tシャツも泥水でぐっしょり濡れていた。
誠一はやっと自分の失態を把握し、顔から火が出る思いだった。
「ああ、……大丈夫です」と、何とか答えた誠一に、その青年は再び手を差し伸ばし、「立てますか?」と優しく声を添えてくれた。
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