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すーっと、校内にある酸素を全て取り込む意気込みで深呼吸をした。
自分に暗示をかける為、しょっちゅうしている行為なのに、実際に暗示にかかったことなんて一度もない。
そしていつも、半ばやけくそになりながら扉を開けるのだ。
「おはよう」
教室に入るとすぐに、クラスメイト達から一斉に注目を浴びる。
「おはよう!水無月さん!」
「今日ちょっと遅かったね」
水無月 瑛子(えいこ)は静かに微笑んで自席へ向かった。
「うおー、今日も安定のクールビューティーだぜ」
「今の笑顔見た?」
席に着くとすぐに、彼女の周りには自然に人が集まる。
今日の体育の内容だの、昨日やっていたドラマの胸キュンポイントだの、数学の課題のわからないところだの、四方八方から飛び交う質問に、彼女は無愛想でもなく、かといってテンションが高いわけでもなく、ただやんわりと笑いながら当たり障りのない返事をした。
水無月 瑛子、南学園高等科一年。
成績は常にトップクラス。
運動神経も抜群で、あらゆる部活動から勧誘を受けつつも、帰宅部を貫いており、高貴な家柄の為に日々様々な稽古事に励んでいるという噂だ。
イギリス人の祖母を持つクォーターで、背中まで長く伸びた美しい栗色の髪と涼しげな瞳が、男女問わず生徒たちを魅了しており、ファンクラブまで創設されたほど。
気さくではあるがどこか影があり、クラスメイトとも必要以上に距離を縮めない彼女のことを皆
“クールビューティー”として讃えた。
……本当の彼女がどんな人間であるか、誰も知らずに。
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