第1章

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 そういえば……。二十年前、まだ五歳だった頃の記憶が不意に蘇る。  遠い日の、ひどく不鮮明で断片的な記憶。  あの日は確か、保育園のお泊まり会だったと思う。  卒園生の作った歪で不気味な紙粘土のお面が壁にずらりと飾られた遊技場で、僕たちは布団を並べて横になっていた。 カーテンの隙間から覗く外は真っ暗で、多分、就寝前の僅かな時間だ。  「早く寝なさい」  桃色のエプロンを体に巻いた年増の女性が幼い僕のお腹をゆったりとしたリズムでぽんぽんと優しく叩いていた。 遊び足りないのか、僕の目はぱっちりと冴えていて、仕方なく薄暗い天井をぼんやり眺めていたんだ。  どういうわけか、ここから僕の記憶はトイレへと場面が切り替わる。記憶は更におぼろげになり、二十年経った僕の頭の中では誰もいない真っ白な室内に個室が四つ並んだだけの殺風景な光景としか浮かばない。一つだけぽつんとある窓の外はやはり暗く、まだ夜のまま。  奥から二番目の個室から漏れ出る女の子のすすり泣き。  「さっちゃん。なんで泣いてるの?」  泣き声の主がさっちゃんだとどうして分かったのかは覚えていない。布団にいなかったからか、声に希有な特徴があったのか、とにかく幼い僕はその扉の向こうにさっちゃんがいると確信していたように思う。
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