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にこっと笑った柏木をまじまじと見つめ、灰原は本当に嬉しそうに笑った。
「そうだね、ありがとう───伊周が捨てていかれなくて良かった。だって、あいつ、可愛いだろ……フラフラのまま繁華街を歩いてたりしたら、伊周の立場を知らないバカが、可愛いってだけで強姦でもしたらって考えるとそれだけで可哀相だ」
相変わらずこの人はバカじゃないかと柏木は思う。可愛いからって理由で男を犯すなんて、普通の感性ではとてもじゃないけれど思いもつかない。
「まぁ、でも、俺も伊周は危ういと思いますけどね」
「だろう? これからも面倒みてやってよ」
灰原は楽しそうに笑って柏木の肩をぽんぽんと叩いた。灰原の特異な感性がたくさんの人間を魅了するんだろうと柏木は思う。柏木自身、灰原鳴海という男に惹かれてしまった一人だ。だかこそこんなところでヤクザの手先なんかをしている。
「失礼します」
部屋を出ていった灰原と入れ違うように杉浦が入ってきた。
「あ…柏木さん……昨夜はお手数をおかけして申し訳ございませんでした」
いつも通り杉浦はすっきりスーツ姿で、少し飲んだだけであんな風に倒れてしまうなんてことは忘れてしまいそうになる。
「うん、いいよ、こっちこそごめんね」
「いえ───こちらも今後は感情的に飲んだりしませんから」
硬い口調で言った杉浦に、柏木はにっこり笑ってみせた。
「そうだね、少し飲んだだけで倒れちゃうのは身体に悪いよね───でも、もし間違えて飲んでも、俺がいる時は面倒みるから安心してよ」
「……柏木さん?」
杉浦は不思議そうな顔で柏木を見てから、くいっと指先でメガネを上げた。
「もうあんなミスは犯しません。でも、貴方の気遣いはありがたく頂いておきます。それに、昨日、助けて頂いたのは確かですから」
杉浦の横顔を見ていた柏木はふいに気づいた。灰原が言っていたことは概ね正しい、杉浦伊周はよく見たらひどく可愛い男だ。なにかの拍子にこういう可愛さに気づいた奴がいて、悪戯心が騒いだりしたら、杉浦の貞操が危ういかもしれないというのは単なる冗談で済みそうにない。
柏木の心中になんて気づく筈もなく、杉浦は正面のデスクについた。いつもと変わらない一日が始まるのだ。もう何年もこんな風に向かい合って座っていたというのに、知らなかった同僚の一面は柏木を新鮮な気持ちにさせた。
■ E N D ■
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