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「あの人はそんなの気にしないじゃない。俺がどこの誰でも使えたら万事オーケーってタイプでしょ。伊周はうちに来た時にそんなこと詮索された?」
「いえ、全く」
「うん、だから我々はそういうことなの───どこの誰とか、親の職業とか、学歴も職歴も、頭にとってはぜんぜん関係がない。伊周だって、今まで俺になんてかけらも興味なかったでしょ」
柏木はまた笑った。もともと整ったその容姿に笑顔が加わると、とても太刀打ちできない魅力がある。非の打ち所が無い灰原鳴海のような精悍さとも、口を開けて見入ってしまう香久山平の美しさとも違う、形容しがたい端麗さが柏木にはある。
「柏木さん、今の話は忘れます」
「忘れなくていいよ、覚えておいて欲しいな。ああ、もちろん、伊周が下戸だってことを忘れて欲しいからって意味なら、絶対に他言しないから安心して」
「別にそういう意味ではなかったのですが、私のことは黙っていてもらえたらありがたいです。それから、下戸というわけではありません、アレルギーです」
相変わらず真面目な顔で言った杉浦に柏木はぱちんっと片目をつむってみせた。女性にするようなことをされて杉浦は不思議に思ったけれど、特に追究しなかった。
「ミワ、これってどうなってるの?」
事務処理をしていた柏木の前に灰原が書類を広げて見せた。
「説明が必要ですか?」
「いや、特に要らねぇけど───ミワが処理してくれるの?」
言いながら、どうしてヤクザなんかしているのか分からない恵まれ過ぎた容姿で、灰原は柏木を見つめた。頭の中がクラクラした。灰原はいつだってその微笑み一つで配下の男たちを自在に操る。
「もちろんお引き受けしますよ、お任せ下さい」
「助かるよ、頼む───あ、そうそう、さっき蝶のところに寄ったんだけど、昨日の夜、伊周が店で倒れたんだって?」
「はい、いきなりばったり」
「蝶が、自分のせいかなって気にしてたからね」
「関係ないと思いますよ、体調が悪かっただけみたいです。蝶に会うことがあればそう伝えてあげて下さい」
「そうか……ミワが背負ってつれて帰ったって蝶から聞いたんだけど?」
「ええ、だってしょうがないですよね……捨てて帰るわけにもいかないし、かといって蝶に任せるわけにもいかないし、救急車を呼ぶわけにもいかないし、あの場合は俺が看るしかないですよね」
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