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あんなに美しい黒を初めて見たと思った。
「なぁ、胡桃、山鳩にこれを届けて欲しいんだ」
「は? 自分で行けよ、撫子」
俺は全部を失った。
親も住む場所も奪われて踏み躙られた。
あの瞬間、人が黒い塊に見えたんだ。
恐ろしくて、でも悔しくて俺は黒い塊を睨みつけながら呪いの言葉だけを背中で疼く焼印の傷に刷り込んだ。
なのに、あの通りがかった小さな街で黒い獣を見つけた。
褐色肌に黒髪、黒い瞳、全身を包む赤い布、あの瞬間、こんな綺麗な黒色がこの世界にあるんだと知った。
「街同士を繋ぐ道をもっと整備するための地図なんだ。俺が踊り子で旅をしていて、危ないと思った箇所を細かく書き記してある」
「それなら尚のことお前が持っていけよ、撫子」
この黒い獣に恋をした。
ただ、一緒にいたいと思った。
横でずっと見ていたいと思った。
「俺は! ほら、その……小豆のことで嫌われてるだろうし」
「撫子、お前……」
お前が俺の手を取ってくれる度に、強く握り返してくれる度に嬉しくてどうにかなりそうだった。
あんなに呪いしか詰まっていなかった身体の中に熱が生まれたんだ。
触れて温かいと感じることもできたし、飯を美味いと感じられた。
お前が俺に名前をくれた時、あの時、きっと俺は「生きたい」と思ったんだ。お前がくれた卯の花って名前で生きたいと。
なぁ、わかるか?
お前に胡桃っていう名前を付けた時の嬉しさ。ものすごかったんだぞ?
お前のこれからの時間全部に俺の名前がずっとあるって、そう思ったらはしゃぎたくてしかたがなかった、なんてお前は知らないんだろうな。
俺はずっと、お前に恋をしていた。
「惚れてるんだろ? 撫子」
「うっ! 卯の花っ! 何を!」
ふたりの会話を聞きながら、ぼそっと本当のことを呟いたら撫子が顔を真っ赤にした。
小豆は正真正銘女だったから山鳩に愛されるかもしれないけど、自分は女のなりをしてはいたが、男で、山鳩も男だから、惚れてるなんて、ごにょごにょ、ぼそぼそ。
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