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向こうにすれば獣は獣だ。
違いなんて別にたいした問題じゃない。
そして、この白いのが俺を身代わりにしてこの場を逃げ出すことも、よくある話だろ。何せ俺達は獣で、何も持っていないんだ。知識も道徳もない。
「おいっ! どこ行くんだよ!」
考えろ? ふざけんじゃねぇぞ。考えた結果、俺を身代わりに逃げ出す最低野郎じゃねぇか。
声は段々近づいて来る。
マジかよ、って思いながら、頭の中で必死に考えようと思うけど、そんなの何も思いつくわけがない。
声が、また、もっと近くなって。
尻に火がついて、脳みそが沸騰したみたいに全身が熱で焦げそうだ。
なのに、指先だけが冷えていく。
「主!」
その時、騒ぎを聞きつけた主が店の窓から顔を出した。
暗い小屋のほうでも、今日は満月だから見えるはずだ。
鎖に繋がれ動けるわけもない俺の姿が。主の今夜の宿のために小さな力を使った俺が。
「いたぞー! 獣だ!」
心臓が止まるかと思った。
「あぁ? こいつ、鎖で繋がれてるぞ!」
ひとりが俺の身動きが取れない状況に気がついてくれた。
かった、これで、俺は助かる。そうだ、野獣は俺じゃねぇよ。
今さっき俺を置いて逃げ出した白い獣だ。そう言いかけた。
「知るかよ! それに、こいつ、昼間、店でナイフを出したらしいぞ! 客のひとりが殺されかけたって怯えてた」
「ちがっ」
違うって言いたかった。
俺はあの時、別に殺そうと思ったわけじゃねぇって。
でも、必死に訴えようと思った俺から、主が目を逸らした。俺が、狩られそうなのに、主は女をはべらせてる寝床に戻っていった。
「……」
そりゃ、そうか。獣だもんな。
見世物で少しばかり稼げるからって、別に獣は獣。人は人。そりゃ、そうだ。
「おい! もう一匹獣がいたぞっ!」
え?
「おい! 黒いの!」
は? この声、は。
「お前、妖術、魔法両方使えるのか?」
あの白い獣がどこから拾ってきたのか、木の枝っきれを握り締めて、必死な顔して、人に牙を剥いていた。
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