第4章 名付け親

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「走れるか?」 当たり前だろ。 そう答えたかったのに、胸の辺りがきゅっと固結びでもしたみたいに苦しくて でも心臓がドクドク必死に身体中へ血を駆け巡らせていて せわしくなくて上手く言葉にできなかった。 走ってる。 自分の呼吸がやたらと乱れていて、耳のそばに口があるみてぇ。 それに、鼓動だって、俺の心臓って一体どこにあんだよって不思議になるくらい全身から聞こえる。 主の声がうるさいんじゃない。 周囲の声が騒がしいんじゃない。 首輪から伸びた鎖がジャラジャラと音を立てるのとも違う。 俺自身の、俺の中から溢れた色んな音がいっぱいに広がる。 「おいっ、黒いの! ここまで来れば平気だ」 「うわぁぁぁっ」 ぐいっと腕を引っ張られた。 首輪を引かれるんじゃない感覚に驚いてバランスを崩し、その場に尻餅をついた。 「いってぇ……」 「悪いな。お前がすげぇバカみたいに走るから」 バカってなんだよ。 そう呟きながら強打した尾てい骨のところを手の平で摩った。 街は今頃大騒ぎだろうな。 獣が二頭、人に抗ったんだ。 白い奴と黒い奴、外れることのない首の輪を目印にして、血眼になって探し回ってる。 街を背にして走り出した時、ところどころで何かを必死に探し回る人影を見つけた。 その手にぶっそうなものを握っている人間もいた気がする。 俺達は闇夜に紛れて真っ直ぐ、とにかく街を一刻でも早く出ることだけを考えた。 人が行き来しなさそうな場所を選んだら、自然とそれは暗くて不気味な森の中へ入り込むしかなくなった。 「おい、どこか怪我したのか?」 でも不気味だろうがここを俺は鎖のことを気にせず歩ける。 こっちへ行ったら引っかかっちまうとか、チラッと考える癖がついていた。 だって、気がついた時にはもう俺は鎖で繋がれていたから。 自由に動けないことが当たり前だった。 いつでも、どこでも、首輪のことを考える。 耳元で聞こえる鉄のぶつかる音はいつだって自分が囚われていると教えてくれた。 「このくらい深く森に入れば、追っ手もこないだろ。あのふたりは今頃目を覚ましたかもな」 あのふたり。 斧を持って、俺達を叩き潰そうとした男ふたりは意識を取り戻し、街を逃げ出した野獣にものすごい剣幕で怒っているかもしれない。
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