第1章 二匹の獣

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主は俺の汚れた身なりを隠すため、身体を深紅のマントですっぽり覆い隠す。 今日はこの店で仕事らしい。 食事中の客前で禍々しい術を披露する。 店からはこの日の宿と飯、そして運がよければ金の粒をひと摘みくらいもらえるかもしれない。 「さぁっ! ご覧あれ! 今じゃ珍しい魔法を操る獣だよっ!」 主が肥満気味の胸を膨らまし、大きく息を吐きながら、寂れた店で声を上げる。 客は少し怪訝な顔をしていた。 そりゃそうだ。 食事中に獣が目の前をうろついたんじゃ気分が悪くなる。 「まだ若い獣だよ。術は天下一品! 見目もそう悪くない!」 主がすっぽり頭を隠す頭巾を取ると、前のほうにいた客が少しだけ驚いた顔をした。 「美しい黒髪」 バーカ、美しいわけあるか。もう数日頭なんぞ洗ってねぇ。 「漆黒の潤んだ瞳」 これはさっきの風で砂が目に入ったんだよ。 よくもまぁ、それだけ上手く誤魔化せるな。 「そして、そして、艶々と健康そうな褐色肌」 風呂入ってねぇけどな。 そんでもって、マントを取ったら、ズタボロ服だ。 通りすがりの親子が指をさす程度にはくたびれてる。 「これだけ美しい黒い獣が、今じゃ絶滅した魔法を使う!」 絶滅したんじゃない。 お前ら人間に絶滅するところまで追いやられたんだよ。バーカ。 主が一枚お客から拝借した真っ白な布巾、俺は慣れた手つきで、主の言葉に合わせて、それを白い薔薇に変える。 魔術っつうか、妖術っつうか。 俺も実際感覚でしかやっていないからよくわからない。 魔法使いと妖魔の合いの子だから、気がついた時にはこういうことができるようになっていた。 やり方は全部自己流だ。 正しい術の使い方なんて知るわけもない。 だから、この仮初の白い薔薇はしばらくすれば元の布巾に戻る。 こうやって禍々しい術で人を驚かせ、見世物としてその日の食事分を稼いでいる。 作った偽物の薔薇は、布巾をくれたお客へ捧げた。 「さぁ、さぁ、この獣が貴方の欲しいものを出してあげるよ」
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