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「きみがヤクザなのはいいとしよう……正式に構成員にはなってなくても、大幹部の秘書がカタギのわけがないからな。でも、だからといって、きみが幸せになっちゃならねぇって決まりはない。きみは絶対に幸せにならなきゃ……それこそ相手は誰だっていい───俺では駄目だっていうなら、どこかで可愛いお姉ちゃんを見つけたらいい。でも、特に相手がいなくて、好みもなくて、男でも良くて、年上でも構わないってんなら、もう俺にしとけ。前にそう言った時は、きみは薬で朦朧としていたし、死のうとした自分に対して優しいことを言っているだけだと思ったかもしれないが、俺は本気だった。今は互いにシラフだ。酒も入ってねぇし変な薬も飲んでねぇし健康だ。だから真剣に考えてくれ」
「貴方、寝不足で疲労困憊じゃないですか」
「俺は体力だけは自信がある」
「……」
「総くん?」
「……貴方に決めたらどうなるんだろうって考えたこともありますよ」
「どうなりそうだった?」
すると総は俯き、みるみる全身を硬直させた。
「……だ…」
「だ?」
「だい…」
「だい?」
「…だ……」
なかなか言い出せない総に葉月は思わず笑った。
「筆談するか?」
もともと総は感情表現が苦手だ。長い付き合いの葉月はもちろんそれを熟知している。
「だ…じにし…れるだろう……した」
「うん?」
「大事にしてくれるだろうって思ったって言ってるんですっ!」
まるで観念したように総が言った。すると葉月は驚いたように総を見つめた。
「参った───大事にする」
「いいです……今まで通りで……変わるのは怖いです」
そういえば総は昔から変化を嫌がった。いつもいつも変化はなんの前触れもなく訪れて、総を混乱へ突き落とした。実父が抗争の中で死亡した時も、巽が政略結婚した時も、巽が数馬と付き合い始めた時も、総はそれに馴れるのにひどく努力が必要だった。
もし今ここでまた変化を押しつけたら総の神経は切れてしまうかもしれない。さすがにそれは可哀相だ。葉月は総を苦しめたいわけではない。
「じゃあ、変えたくなったら言ってくれ」
「……」
「返事」
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