<2>歩む速度

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「総」 「はい?」 「世界は変わったか? 心は変わったか? おまえは変わったか?」  ふいに葉月が核心をつくように問いかけた。  総は少し考え、葉月の額に自分の額を押し当てた。身体だけじゃなく、脳までも繋がってしまいたいと言いたげだ。 「───変わっていません」  総はきっぱり返した。 「貴方とこんなことしてても僕は僕です。巽さんの息子で、ヤクザの秘書で、ホテルでこんなことしてるのに仕事のことばっかり気になってて……バカらしいぐらい僕は僕のままです」  言われ、葉月はふっと笑った。 「葉月さん…ねえ、葉月さん……」 「あん?」  総の目尻からこぼれた涙が、葉月の頬にぽつんと落ちた。 「……僕は…変わったように見えますか?」 「いや、ぜんぜん。きみは相変わらず美人で綺麗で清潔で優秀だ。巽の息子で、俺のダチで、その辺の三下なんかじゃきみに睨まれただけで竦み上がるぐらい冷酷だ」  ぽつぽつと涙は落ち続ける。 「…良かった───僕……こんなことしてても…僕はスジだから……巽さんの秘書でいたいから…」 「セックスしたぐらいできみがヤクザじゃなくなるなんてことはねぇよ」  葉月は総の頬に残る涙の跡を丁寧に拭ってやった。 「大丈夫だ───きみはなにも変わってない……変わったのは俺だけだ」 「ふふ…面白みのないテクニックもない僕のことなんかどうでもよくなったのでしょう」 「逆だよ、ますます惚れた…この綺麗な身体だけじゃなく、心も欲しくなった。きみに愛されたくなった」 「…それは───長期戦ですね」  思わず葉月は苦笑した。総はやっぱり総のままだ。辛辣で冷淡で聡明で、そしてなにより毒舌だ。変わっていない。一度ぐらい寝てもなにも変わらない。総はきっとまだ巽を愛しているだろうが、葉月はそれすらも納得している。総が誰を思っているのかは問題じゃない。  変わらない総と違って葉月は変わった。葉月はもう恋愛という意味で巽に対して好意は無い。葉月の想いのベクトルは早瀬総に対してのみ向かっている。葉月は総との恋愛をとっくに始めていて、総が追いついてきてくれることを待っている。昔から待つのは得意だ───葉月は本気でそう思う。いつだって気が遠くなるほどひたすら待った。報われる保証もないまま待った。  葉月は総の唇にちゅっと口づけ、新たな長期戦の覚悟を決めた。 ■ E N D ■
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