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普通なら戸惑う根本的なことに抵抗が無いなら、総や葉月にもチャンスがあったかもしれないのに。
総は紅茶と菓子の準備をし、テレビを見ている葉月に出した。
「悪い」
「いいえ」
「巽の奴にもこういうことをしてやってるのか?」
「ええ、巽さんが望まれたら」
「……家政婦か嫁さんみたいだな…」
「現代っぽくメイドとおっしゃって頂きたいですね」
「メイド……きみが?」
「冗談です」
分かりにくい。
「巽さんは僕にむちゃな要求はしませんよ。仕事ではむちゃくちゃですけど、僕に対して暴君ではありません」
「だろうな」
「お分かりのくせに」
総は指先で眼鏡を上げた。整った顔を隠すようにかけた眼鏡、美しい顔を隠してしまう髪、葉月の目にはなにもかも勿体無く映る。
「なぁ、総くん……俺たちは…巽を諦めたが……幸せになることまで諦めちまうことはないんじゃないか…?」
すると総は葉月を見つめた。
「僕は幸せですよ、あの人の秘書は僕にしかできませんから」
「ああ」
「貴方は幸せではない? 死に至る日を待つしかない人の命を救えるのは、ただそれだけで幸せなことだと思いますけど」
「ああ」
「……葉月さん───巽さんを諦めたのなら、貴方は別の誰かを探した方がいい……僕はあの時、耐えられなくなって貴方に縋ったけれど、今は大丈夫です。貴方が巽さんの代わりに後見人になって下さらなくても、僕は一人で生きていけます。もう死のうなんて考えません。僕が死ぬのは、あの人の盾になる時か、宗政様のように自分の命を使う時か───要するに、苦しみを終わらせるためには死にません」
すると葉月は額に指先を当て、今にも怒鳴りたくなる気持ちを必死で抑えた。自分の命を自分のために使う気がない総が腹立たしかったし、そこまで決意させる巽に対して嫉妬心を抱いていたし、いつまでも先に進めない自分への苛立ちでもあった。
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