回遊する贋者、或は檻の中の密林

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「早苗も29だからなあ」  私たちの若い頃は、クリスマスが終われば叩き売られるケーキのように、独身の女が25歳を過ぎれば、売れ残りと揶揄される時代だった。  高校や大学を卒業し、2~3年お勤めして寿退職、なるべく30までには出産。自由や願望を放棄して夫に、嫁いだ家に、自分の家庭に従順に生きる代償に、無難に、しかし穏やかに暮らしてゆける。  それは女の子が世間と交わす、暗黙の取引きだったはずだ。現にごく少数の女性を除き、大多数の女の人は皆そうやって生きてきた。  しかし、肝心の娘はどうだろう。  将来の話をするたび、私は仕事に生きると冗談めかすが、連日夜遅くまで働いても、お世辞でも給料や待遇が良いとはいえない。休日にもしょっちゅう呼び出され、酷い時は会社に泊まることすらあった。  いわゆる「ブラック企業」なのだが、以前そう転職を勧めたら、きつい口調で否定されてしまった。仕事が性に合っているらしく、本人に転職する気は至って無い。  高い学費を払い、有名な私立の女子大に通わせたのは何のためだったのか。  時代が違うとは言っても、これじゃ約束が違う――――声に出さず、胸のうちで嘯く。
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