お笑いの道へ

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私たちが弟子入りすることになったのは、『松葉きんじようじ』師匠。 すでに古稀を過ぎておりました。 あの年代には珍しく、二人ともソコソコのお坊っちゃま育ちだったせいか、どんなに伝法な言葉を使っても下品にならない持ち味がありました。 私は通い弟子、姉はようじ師匠の内弟子として生活し始めました。 私は小回りが利く方ですが、姉はトロイので年中怒られていました…アタシに。 ただ中高大と書道をやっていただけあって、字は上手でしたね。 書きものがあると、よく姉が呼び出されていました。 忙しいけど、ネタ合わせもしないといけません。 時間が空くと、師匠に披露する。 二人とも「ウ~ン、うまかナイね」とそれだけ。 当たり前ですが、給料やお休みなんてものはありません。 師匠たちが、時々くれる『おこづかい』が収入の全てです。 師匠への差し入れを盗み食いしたり、浅草寺の鳩を捕まえて食べようとしたり… もちろん、盛大に怒られました。 衣装がないのにも困りました。 私たちの出番は、お客さんなんて誰もいませんけど、場所柄、ジーンズにTシャツという訳にはいかないのです。 その頃、長年植物人間状態だった祖母が亡くなり、大量の着物が残されました。 良いものは形見分けし、ウールや化繊の安い着物は私たちが引き取りました。 足の曲がっている姉はこれを気に入って、日常生活も着物で通すようになりました。 着物で舞台に立つと、急に風格が出るような気がして、以後は着物姿が私たちのトレードマークとなります。
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