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汽車の中、シオンの向かいの席に腰を下ろすナターシャとスイレーンは疲れから肩を寄せ合って眠っている。先程まで口喧嘩していた二人を見ていただけに仲が良いのか悪いのか、よく分からない。そんな二人から視線を外し、車窓から外を眺める。
ウェルヘイトの敷地内の草原に差し掛かった頃、昼頃は青かった景色が夕焼け色に染まってそれは美しい光景だった。あと数分走れば学園に到着する頃、先に目覚めたのはスイレーンだった。精霊には睡眠は必要ないと言われているが、実際の所は彼女はよく眠る。人間や他の種族が住む地上界は、留まるために魔力を消費してしまうらしい。しかし、睡眠時は魔力を消費する事なく回復させる事が出来る。どんな原理なのかは本人も分からないそうだ。
「……おはようございます。シオン様」
「天界に戻ってもいいんだよ?」
「大丈夫です。今日は生まれて初めて汽車に乗りました。一人で心細かったですけど」
そうは言うが、彼女は実際使い魔である為シオンとはパブコードと呼ばれる繋がりがある。それを使えば転移魔法のように一瞬で使い魔が主人の元へ召還されるという仕組みになっているのだ。
「なんでわざわざ汽車を?」
「もちろん、シオン様と同じ景色を見る為です。天界にいる時は、シオン様の精神状態しか私は認識出来ませんから。今日はやたらと精神状態が上下していたようですけどね?」
「僕の個人情報が筒抜けみたいな気がして嫌だなそれ」
「だから、それは出来る限り感じない様にこちらも配慮するように心掛けてます」
「じゃあ今日は?」
「今日は、シオン様に何かあったら事ですから。致し方なくです」
要はナターシャと二人で出掛ける事が気になって仕方なかったという事なのだろう。
「二人で写真まで撮っちゃって。恋人みたいでしたよ腹が立つ」
そう、先程喧嘩していた理由はそれなのだ。ナターシャがたまたまその写真を落とした結果、それを拾ったのがスイレーンだったのだ。それを見た時の彼女の鬼の形相とも呼べる表情の変わりようは光の精霊とはとてもじゃないが呼べるものではなかった。
「ま、別に良いんですけどね。私の方がこれから先ずっと一緒にいる事になりますから」
「使い魔っていつまで使い魔でいるのかな」
率直な疑問だった。以前、ナターシャが死ぬまでと言っていたのは覚えている。しかし、実際に使い魔になった魔物や精霊といった者達は、主人にいつまで仕えるのかシオンは分からなかった。スイレーンは少し考えると口を開く。
「そうですね。私は正直使い魔の経験をしたのはシオン様が初めてですので、よく分かりません。でも、大概は仕えた主人が亡くなるまでとは聞きますね」
「僕が死ぬまでか……」
「私が使い魔ではご不満……ですか?」
スイレーンが悲しそうな表情でシオンを見る。しかし、シオンは首を横に振ってそれを否定した。
「違うよ。使い魔が大変だなって思ってね。普通に僕が生きるにしても80歳とかだろ? だとしたらあと君は65年も僕と一緒にいないといけないだろ? 大変だなって」
「何を仰いますか! あと65年〝も〟じゃないですよ。あと65年〝しか〟居られないんです。精霊に限って言えば、寿命という概念は無いんです」
スイレーンが珍しく声を荒げた。隣で寝ていたナターシャも驚いて起きるが、何が起きているのか全く分かっていない。
「ご、ごめん……」
「あなたがもし天寿を全うしても、私は死ぬ事は出来ません。あなたとの思い出を記憶として残したまま、生きなければならないんです。それがどういう意味か分かりますか?」
「……」
「記憶はあるのにあなたは居ない。それがどれ程辛い事か……。だから、そんな事言わないで下さい……」
長く生きてきたスイレーンが今まで使い魔にならなかった理由は、確かに汚い考えを持っている者ばかりで落胆したという理由もある。しかし、一番の理由は仕えた主人が死んでも、その記憶を残したまま生きていかなければならないというものの方が大きかったのだ。
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