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あれから、いく年月が流れただろう。
夫になるはずだった人は、将校として大陸に渡ったまま消息を絶った。
以来、私は髪を降ろし帰りを待ち続けている。
彼が戦地へ旅立った時のような雪の日に、見知らぬ男が私を訪ねてきた。
男は彼が指揮を執る隊に写真班として従軍したという。
彼は私の写真を肌身離さず持ち歩いていたらしく、男は戦地でそれを見せて貰ったと語った。
男は帰り際に写真を一枚撮らせてくれと言った。
断る理由も見つからず、言われるがまま写真を撮らせた。
手に何か持ってくれと頼まれ、そばに置いてあった本を手に取った。
出征の前日に彼から贈られたトルストイの「戦争と平和」。
栞を挟んだページに目を落とした。
「俺はどうしてこれまで、この高い空に気付かなかったのだろう。」
彼のお気に入りの一節を心の中でつぶやきながら、降り積もる雪に白皙だった面影を重ねていた。
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