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---僕は今日,彼女に別れを告げなければならない。
「あら…私、眠っていたのね…。」
お嬢様の瞼がゆっくり開く
どうやら彼女はまだぼんやりとしているようだ
「はい、大変気持ちよさそうに眠っておられましたよ。
お嬢様を起こすのは僕としても忍びなかったので、いま、掛物を持ってきたところです。」
「そうなの…ありがとう。…外はもう真っ白ね。」
「はい…今年は暖冬と聞いていたんですが、すっかり積もっていますね。」
彼女は、窓の外をただ見つめていた
小さいころから執事としてずっとそばにいたがその横顔はいつも寂しそうに見える。
(本当は、笑っていてほしいんだけど…)
目の前で咲き誇る白い椿のような頬に、紅い椿のような朱が染まる---
雪の中で笑う彼女に心を奪われたから。
(…そういえばおかしい。昔はよく笑っておられたのだ。なのに…)
いつからだろう。お嬢様が寂しそうに外を眺められるようになったのは…。
彼女の横顔から視線を外せずにいると、彼女がポツリと口を開いた。
「ねえ、楓?」
それは二人きりの時だけに呼ばれる僕の名
「はい、なんでしょう?」
名を呼ばれるだけで心臓が跳ね上がるものだ。
「お願いがあるの。」
彼女が本の上にあったしおりを口元に持っていく。
それは楓のしおり。幼いころしおりをよくなくす彼女に僕が作ったものだ。
彼女はちらりと僕のほうを見て微笑むと、しおりに視線を移す。
ちゅーーーーーー
「え………」
「楓の葉は散って飛ばされても、あなたは私のそばにいて。」
縋りつくような、心細そうなその声に僕は唇をかみしめる。
そう、彼女は僕と別れる日が来ることをずっと前から知っていたんだ。
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