古いビニール傘の記憶

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 様々な千代紙や折り紙、同じグラデーションの写真、服、色とりどりの金魚のおもちゃなどを用意した。  それらが入った紙袋を横目で見ながら床についた。  爪先から意識的に力を抜いていきなり深い眠りについた。 「おはようございます、先生」 「おはようございます、山下先生。  先生と呼ぶのはやめてくださいと言っているじゃないですか」 「すいませんね。  いやあ、桜ノ宮さんがずっと、あなたのことを先生、先生と話してくださるのでつられてしまうんですね」 「さくらにとって私は先生ですからね。  でも山下先生にまでそう呼ばれてしまうと頭がおかしくなりそうです。  お互いに先生と呼び合うのだから」 「そうですね。 毎回気をつけようとは思ったりしてるんですけどね、つい、ね」 「このやりとりは毎回やっていますね」 「そうですね」  担当医の山下先生は柔らかいご年配の先生でとても話しやすい。  ひとしきり笑いあったあと、いつものように緩やかな診察が始まった。 「今回も変わったことはありませんでしたかね」 「ええ、何も変わりはないです」 「最近は楽しそうですね。  桜ノ宮さんから聞きましたよ。  病院に来る時に、嫌がらなくなったとかね」 「病院を嫌がるって子供じゃないですか。  さくらはそんなことを言っていたのですね……。  お恥ずかしい」 「わたくしとしては嬉しいですよ、ね。  では今回もね、いつもの薬を出しておきましょうかね」 「はい、お願いします」 「お仕事も程々にしてくださいね」 「いつもご心配をおかけしてすみません。  でもそれは無理ですね。  仕事は私の生きがいなので」 「そうですね、では桜ノ宮さんに言っておきますね。  彼女は来られてるんですよね?」 「ええ、外にいます」 「わかりました。  ではまた来月の20日にお待ちしておりますね」 「はい、ありがとうございました。  またよろしくお願いします」 .
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