古いビニール傘の記憶

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 落ち着いた様子で彼は語りだした。 「少し、思い出せました。  ありがとうございます。  みさきは、大事な人なんです。  今はどうしているのかはわかりません。  生きているのか、そうでないのかさえ」 それはとても悲しいことだ。 生き別れることよりも、もっと、ずっと。 「みさきさんがどうなっているのかを、知りたいとは思わないのですか」 「それを知る資格はないので、思わないですね」  女々しいのに清々しいなんて、この自信はどこから来るのか不安になった。 「資格がないなんてことを誰が決めたの」 「それは…誰でもないですけど、でも…」 「それはあなたが勝手に思っているだけでしょう」  これはただのやつあたりに過ぎない。  昔からはっきりと本音を言わないで言い訳ばかりをする人は見ていて腹が立つ。 「そうですけど、でも本当にないんです。  みさきのことは何も知らない」  彼はじっと膝を見ながら全身で悲しみを表して言った。  大切な人だというのに、何も知らないだなんて――そんなことはありえない。  思い出していないだけ、であるはずだ。 「でも、知りたいのでしょう」  でもを多用する彼を馬鹿にするように言った。  多分彼は、その含みに気づかないのだろう。  眼差しだけは真剣にして、こちらを見ていない彼に言い放つと、しばらく膝を見た姿勢で考えた後、強い瞳を私に向けた。 「知りたいです」  女々しさはもう感じられなかった。 .
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