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「先生、いきなり立ち止まってどうされたのですか」
「夕焼けがあまりに綺麗だから、目に焼き付けてみたいと思ったの」
「そうですね。でも早く行かないと遅れちゃいますよ、先生の新刊発売記念パーティー」
年上の私をあやすように言う彼女は、今日はサポート役に徹するつもりらしく、シンプルでスマートな装いだ。
「ええ、そうね」
時計を見ると、彼女の言う通りそんなに余裕はなかった。
しかし、私はこの夕焼けに強く惹かれ、歩みを進めることができないでいた。
薄紫色の雲が薄い布のように重なり、織りなす神秘的な美しさ。
心惹かれ、懐かしく思い、涙感がこみ上げてきた。
――その原因を、私は知らない。
年下の可愛くて怖い彼女に叱られ、ようやく夕焼けから視線を外し、小走りで橋を渡った。
久しぶりのヒールは歩みを危うくするには十分な高さだった。
慣れている人にはどうってことない高さなのかもしれないが。
現に、少し前を歩く彼女の靴は私と同じくらいの高さであったが、危うさは少しもない。
しかしどちらも足元から女を輝かせた。
年相応に着飾っても、私より若い彼女より幼く見えてしまう私は大人と呼べるのだろうか。
時が止まったかのように、私の顔立ちは学生時代から変わらないのだ。
ヒールの音は大人である唯一の要素。
心の中で暗示をかけながら夕焼け色のドレスをなびかせて彼女に近づいた。
彼女から借りたドレスは柔らかくて艶かしい。
同じ色の夕焼けを見た後では、彼女が怒った顔でさえ愛おしく感じてしまうものだ。
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