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「……お母さん?」
走り寄った母は紅美を抱き締める。
母の、もう自分より位置の低くなった肩に顔を寄せる。
幼い頃に嗅いだのと同じ、いい匂いがした。
泣きそうになるのは、ようやく望んでいたものを得られたからか。
今まで得ていたものをすべて失ったからなのか。
堪えるように視線を落とした先で、十字に重なっている割れたガラスが夕陽を受け、鈍い光を放っていた。
強く目を閉じた紅美はもう一度、顔を上げる。
目の前に、辛うじて残っていた二本の柱。
そこから長く伸びた影が、寄り添い歩く砂姫たちの姿に見え、ようやく少し微笑んだ―
完
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