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幸いわたしの母には似たような気質があって、自分ではまるで見えないくせにわたしに見えたモノや景色を事細かく描写させ、それを空想して楽しむ度量があったおかげで、わたしの心は完全に毀れることなく現在に至る。
わたしが成長した分だけ母は歳を取ったが、母の心は変わらない。
度量は却って大きくなって、勤める会社では本部長まで昇り詰める。
種類は違うが、わたしと同じ理系の企業で、とある科学分野ではかなり有名なメーカーだ。
もっとも本部長とはいっても中小企業なので給与は安い。
が、それでも優にわたしの倍以上は稼いでいる。
臨時の手当てを入れればもっと多いだろう。
そんな母は昔から健のことが大好きで、どうして健と結婚しないのか、と今でも時折言われてしまう。
実家に帰ると毎度のことだ。
現実の健の居場所をわたしは知らない。
訊けばわかるが、積極的に訊く気がしない。
今に至るもわたしと健の一心同体性は残っているというのに……。
都内では珍しいジンギスカンパーティーをするからと健の母に呼ばれてわたしが母と一緒に健の家に出向くと健もまた呼ばれていて、久しぶりに会って実感する。
健は女と付き合っている。それがわたしに感じられる。
わたしがワンナイトラブに明け暮れている。それが健に感じられる。
互いに一瞬でそれがわかる。
感じられたことが感じられる。
感じたことが感じられる。
でもわたしたち二人は今では他人だ。
だから何処にでもいる幼馴染がするような一過性の会話を繰り返すことしかできないのだ。
どうしてこうなってしまったのだろう。
第二次性徴期に健に恋をしなかった自分に頑ななわたしのせいか、それとも他に理由があるのか。
わたしにはそれがわからない。
今となってはわかりたくもない。
けれどもそう思う脳裏にはチラチラと動く影がある。
捕えなければ良いものをわたしは捕らえて気づいてしまう。
気づけば形になってしまう。気づけば言葉に化けてしまう。
ああ、世間ではこのような心の動きのことを恋というのではなかろうか、と。
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