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 すると畳から右足が生える。  築五十年以上のボロアパート六畳間アトリエの真ん中に……。  父とわたしのちょうど中間。 「パパ、この部屋で人を殺してない」 「物騒だな」 「正直に答えて」 「殺してないよ。その昔、自殺した男はいたらしいが……」 「じゃ、きっとそれだ」 「見えるのか」 「うん」  わたしの視線を父が追う。 「おれにも見えたよ」 「そう」 「でも薄いな。おまえに言われなければ、きっと見えなかった」 「消えたわ」 「何時からだ」 「どっちが」 「おまえに見えるようになった方」 「たぶん最初から。パパにも見えるのね」 「でも本当にはいないぞ」 「知ってるわよ。ねえパパ、他に子供はいないの」 「種無しなんだよ」 「じゃあ、お母さんは頑張ったのね」 「おれも付き合わされたけどな」 「他に付き合わされた人はいないの」 「おれが結婚したのは雅代だけだ」 「パパが浮気をしていて、それで精子が薄かっただけじゃないの」 「おまえな」 「じゃ、お母さんといたときパパは浮気をしなかったの」 「雅代はおれを縛らなかったよ」 「ならパパも浮気をしなかったはずだわ。その辺りは律儀なのよね」 「日向はどうだ」 「ぜんぜん律儀じゃないわよ。パパの半分もない」 「背中に羽根があるせいか」 「見えるの」 「ああ、薄いがね」 「そっか、わたしの背中には羽根があったのか」 「本当にはないぞ」 「うん。でもパパにはわたしを飛ばしてくれる気があるのね」
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