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「健、早くおいでよ」 「おまえ、脚、速過ぎ……」  日向の脚は速い。それで陸上部にスカウトされる。  けれどもやる気がないので結局止める/辞めさせられる。  顧問の先生に「全体の士気に関わる」とか何とか言われて……。  でも日向は学校にいる誰よりも脚が速いはずだ。  子供の頃からすでに速い。  それでサッカーチームにも誘われるが日向自身が断っている。 「悪いんだけどもスポーツは向いていない」 と言って……。 「はあ、ふう、はあ」  日向の佇むヒマラヤ杉の下までようやくぼくが辿り着く。  ぼくだって足が遅いわけではないが、でも日向には敵わない。  いずれ敵う日が来るかどうかもわからない。 「やっと来た。一緒に走ろっ」  指が長い日向の左手がぼくの右手に伸びてぎゅっと力強く引っ張られる。  転ばないことだけに注意して、ぼくが全速力で日向に従う。  公園で遊ぶ幼い子供たちと母親たちの姿が背景に流れる。  仲が良さそうな笑顔のお爺さんとお婆さんの姿が流れる。  芝生が植えられた公園の地面が流れる。  低中高が連結した一基の鉄棒が流れる。  子供のいない滑り台が流れる。  網で封鎖された砂場が流れる。  子供たちの上げるきゃあきゃあという高い声が流れる。  飛んでいるスズメとホオジロの影が流れる。  ついでにぼく自身も流れる。 「着いたわ」 「ふう、はあ、ふう」  日向が言って公園と歩道の境界線上で止まる。  あっという間だ。  喘いだ息を落ち着かせつつ日向を見ると耳の前辺りに薄く汗をかいている。  それを人差し指で拭って舌でペロリと舐める。   「しょっぱい……ってほどじゃないわね」  「どれどれ」  「直接舐めたら、ホラッ」    日向がぼくの前にツイと左頬を差し出すので途端にぼくは戸惑ってしまう。  そんなこと、これまでされたことがなかったから……。   「残念でした。時間切れ」    日向が細い肩にかけたピンクのネコ顔ポシェットからハンカチを出して汗を拭う。  それをぼくの方に差し出して黙ってぼくの汗も拭う。   「ありがとう」   「どういたしまして」    日向がまた手を伸ばすので再度手を繋ぎ、二人で駅に向かって歩き始める。  でもぼくの心臓はドキドキしない。  日向のすぐ近くではぼくが男ではないからだ。  日向はそれを知っている。  そしてそうじゃないときのぼくの行為も知っている。
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