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1 本当のこと
病院にたどり着き、受付でカシクバートの担当を尋ねると、今は外来診療中だという。
「そっかあ……」
どこも悪くないのに診察をお願いするのは、本当に病気で苦しみながら順番を待っている患者さんたちの迷惑になる。
勤務が終わるまで、待っていようかな。
「お!」
「……お?」
その声のしたほうを見ると、イグノトルが毛嫌いする上司というひとだった。
名前は、聞かなかったからわからない。
「どうした、病気か怪我か、イグノトルでわからんならうちでは診れないぞ」
白衣姿で、豪快に笑っている。
「えっと、カシクさまに用事があって」
「今は……、診療中だな」
上司のひとは壁に貼り出された医師の当番表みたいなのを見ながら、言った。
「終わるまで、待っていてもいいですか」
「イグノトルの用事なら、俺が代わりに聞こうか?」
「あの……、ぼくの個人的な相談で」
「イグノトルにできない相談か?」
「えっと……」
どう言おうか言葉を選んでいると、上司のひとは白衣の女性を呼び止めて何か話している。
お仕事の話かな、と思っていると、こちらに視線を戻した。
「おいで、談話室で話そう」
上司のひとの背中を追いかけるようにして、廊下を歩く。
病院は、きらいじゃない。イグノトルさまと同じ消毒薬のにおいがするから。
……だめだ、彼のことを考えちゃだめだ、悲しくなる。
談話室には、誰もいなかった。
「あの……」
「カシクなら、もうすぐ来る」
「……え?」
「白いティオは目立つからな。何かあったらイグノトルに悪い」
「でも、診療中……」
「医者にも休憩時間ぐらいはある」
「ぼくをひとりにさせないために?」
「いや、イグノトルに恩を売る」
イグノトルさまがこのひとを嫌う意味が、ちょっとだけわかる気がした。
やあ、お待たせー、といつも通りの笑顔でカシクバートが姿をみせた。
「あ!」
じゃあな、と上司が立ち去る。
本当に、ぼくをひとりにさせないためだけに、そばにいてくれたらしい。
うっかり、やさしいひとだと勘違いしそうになる。
「イグノトル医師に言えないようなことかな?」
な? と、微笑んでくれる。
カシクさまは、本当にやさしい。
「えっとね、ぼく……」
どう言えばいいのだろう。
「言いにくいことかな。医者は相談事に慣れてるし、誰にも言わないから大丈夫だよ」
にこりと笑ってくれた。
その笑顔に安心して、話しはじめる。
「ぼく、イグノトルさまに地上に行きたいって言ったら反対されて……、王宮、出てきちゃった」
「あらら、おつかいが出来たばかりだと思ってたら、もう家出かあ……。ティオの成長ってすごいね」
誉められた、みたいだ。主と意見が衝突するのは、ティオにとってあまりいいことじゃないんだけど。
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