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カールは俺の名前……。そうなのか。彼はその時初めて自分に記憶が無いことを知った。
絶望。自分が誰か解らない。鏡で自分の姿を見れば解るかもしれない。そう思って彼は女の子の声がする方を向いた。
「ごめんね。記憶がないんだ。何が遭ったのか思い出せなくて。でも、鏡を見ればきっと何かを思い出すから、明りをくれないかな」
彼がそう言うと、デルフィナは泣きそうな顔をしながらランプに明りを灯した。彼女は記憶を失たTショックよりも、今、彼が知らないもう一つの事態に薄々気づいていたからだ。テント内は明るい。かがり火が何本か刺さっているのだから、暗いはずはない。内心、彼女はそう思いながらも、カールの方が辛いのだと言い聞かせた。そして、自分が落ち込んではいけない。そう思って涙を流しそうになりながらも、声だけは明るく振る舞った。
「もう、カールったら私がいないと何もできないんだから」
そう言って彼女はランプをいくつか灯す。カールの目は開いているにも関わらず焦点があっていない。その白濁になった目は、既に【見る】という機能を失っているのを、より正確に彼女に知らせていた。涙が溢れる。でも、それではいけない。気丈に振る舞おうと、なにか良い言い訳がないか考えた。
そうだ、彼には記憶がない。それならば――。
「貴方は生まれつき目が見えないの。だから私がこうやってお世話してあげてるのよ! 大好きなカール」
そういうとデルフィナは彼の頭に触れた。そして、「食べ物と飲み物を持ってくるから待っていて」そう言って彼女は泣き声を出さないように泣きながらテントを出た。
記憶が無く、彼女の話では生前から目が見えないと聞かされたショックは大きかった。それでも、世話をしてくれる人がいる。大好きといわれた。名前は覚えていないのだけど。誰なんだろう。来たら名前を聞こう。
しかし、見えないというのは困ったものだね。何が何処にあるのかもわからない。
「大切な人……は彼女なのかな?」
カールがそう独り言を吐いてからどれくらい経っただろうか。何も考えないでぼうっとしていることが、こんなに楽なことなんだとは思わなかった。そんなことを考えているとテントが開く音がする。
「カール。お水と食べ物、持ってきたよ! 愛しのカール。私が、私が食べさせてあげるね」
「ありがとう。そう言えば、名前……名前を教えてほしいな」
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