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惨めに打ち砕かれた後だというのに、その男の表情は私の胸をえぐった。
どうせなら最後まで憎らし気に嗤っていればいいものを。
彼が着る黒は、敬愛する占星術師である母親への、契りの色だったのかもしれない。
もとより、一瞬だってこの美しく冷徹な男は、自分のものではなかったのだ。
猶予を与えてこの高慢ちきな獣を、自由に泳がせているつもりだった。
でも違った。私の手の中には、最初から何もなかった。
そしてこれからも、何もない。
私は感情をそぎ落とし、ただ目の前の男を見上げた。
大声をあげて泣く代わりに。
由貴哉が、唇の端を少し持ちあげて、私を興味深げに見つめる。
「おまえ、良い表情してる。さっきよりも、15年前よりも、よっぽどいい」
ああ……。どこまで嫌な男なのだろう。
「なあ森下。もう一度キスをしようか。15年間、俺との約束を守ってくれたお礼に」
もう一度キスをしよう。屈辱と涙と自暴自棄の。
黒い魔物は嗤う。
15年前と同じ冷たい唇。けどあの日とは真逆。
震えているのは 私だった。
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