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「ありがとう。でも悪いから」
「今更、何だよ。酒でも付き合いな」
そういって冷蔵庫から缶ビールを二本出し、DKのテーブルの上に載せる。
「座ったら」
とキャリーバッグの近くに所在無く立ったままの薫に勧める。
「ホラ、わたしも座るからさ」
とシンクの側にわたしが座る。
薫用のパイプ椅子は対面だ。
「じゃあ、失礼して」
「殺風景な部屋だろ」
薫が座るとわたしが言う。
「本だけはあるけどね」
左の壁ほぼ一面が本棚だ。
「前に来たときに見せてもらったから。でも減ったのね」
「二駅先に気に入った古本屋を見つけて大分売った」
それで、かなり隙間がある。
「珍しい本が多かったのを覚えているわ」
そうでもないだろ、と思いつつ本棚に目を遣り、焦点が合ったのはエリザベス・ボウエンの『最後の夜・りんごの木』だ。
その横にはアンナ・カヴァンの『アサイラム・ピース』がある。
やれやれ。
始末できなかった本たちだ。
「薫、語っていいよ。あるいは語らなくてもいいけど」
「うん」
薫は首肯いただけだ。
仕方がないので、わたしが話す。
「本当は別の人のところに行きたかったけど、セキュリティーチェックに阻まれた。あるいは、ここにそれがないことを知っていたのでやって来た」
「二択なら後者ね」
「わたしは頼りにならないぞ」
「もうすでに十分頼りになってるわよ」
「恋人に追い出されたとか」
「ご想像にお任せするわ」
「自宅に帰れば」
「いずれはね」
「働いてないの」
「この間、辞めたの」
「優雅だね」
「そんなことないわよ」
「次の就職先は」
「決まってるけど、一月延ばしてもらったわ」
「病気かなんか」
「病気と言えば、そうかな」
「見たところ身体の方じゃなさそうだから精神か」
「言ってもいいけど驚くわよ」
「じゃ、聞かない」
「それなら、あたしも言わない」
「いつまでいる気」
「できれば、しばらくの間」
「しばらくか」
「ダメかな」
「三日以上いるなら金を払えよ」
「月島さんなら言うと思ったわ。じゃあ、一月弱、頼みます」
「いいけど、彼氏用の布団しかないわよ」
「ゲッ、月島さん、彼氏いたんだ」
「おい、そこで驚くなよ」
そうして、わたしたち二人の同居生活が始まる。
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