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 吉祥寺のラブホテルを選んだのは二人の直接の知り合いが、まず訪れない場所だからだ。  しかし、それでも人の目は怖い。  休みが開け、会社に行くと早速後輩に話しかけられる。 「月島さん、昨日吉祥寺にいませんでしたか。玖珂部長と……」 「ああ、偶然会って」 「本当に仲が良いんですね。まるで恋人みたいに見えましたよ」 「うん、玖珂さん素敵だよね。奥さんがいなかったら、お嫁に行きたいところだ」  と自分でも白々しい嘘を吐く。  ついでそこは、奥さんとお子さんたちがいなかったら、と言うべきだったかと反省する。 「まあ、相手にされないと思うけどね」  けれどもわたしが付け足したのは、そんな月並みな言葉だ。  目撃者の後輩は単にわたしたち二人が街で歩く姿を見かけただけらしい。  これがラブホテルに入るところや出るところだったらと想像するとかなり怖い。  わたしはどう非難されようと構わないが、玖珂さんの職歴に傷がつくかもしれないと考えればやり切れない。  しかしわたしの心配を他所にその後事件は何も起こらず、後輩も誰に漏らすことなく忘れてしまったようだ。  また玖珂さんの奥さんがナイフを持ち、いきなりわたしの部屋に怒鳴り込みもしない。  日常は至って平穏か。  桐島薫が未だにわたしの部屋に滞在していることを除いては……。 「薫さあ、三週間目に入ったけど、まだいるの……」  とその日の夜に訊いてみる。  すると、 「もう少しだけ」  と薫が答え、 「本当はずっといたいんだけどダメだよね」  と続ける。 「不思議と窮屈じゃないから、その点では構わないけど、ホラ、わたしの彼がアレだから……」 「いつもホテルに泊まったんじゃ、お金がか かるしね」 「それは、月に一、二回だから、そうでもないけどさ」 「ごめんね」 「いや、そっちの事情が片付かないなら仕方がないな」  と言ってみたものの、わたしには薫の事情の見当がつかない。 「月島さんって、そういうところがウブだから」 「そう言われてもな」 「もう少ししたら話せると思うから」 「じゃあ、待ってるよ」  だが、やがて明かされることになる薫の事情にわたしはただ驚いただけだ。
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