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だが、それがない。唯の一つも。人がーーそれも、少女が住んでいるとは凡そ思えぬ飾り気も人気もない座敷。
おかしい所は其処だけではない。
男は今アウトドアウェアを着込んでいるから良いものの、この部屋には暖房器具が一つ足りとも見当たらない。暖房も、ヒーターさえも。火鉢でさえない。ここは冬山の真っ只中。それらが無ければ、寒いことこの上ない。
にも関わらず、この科学の発達した現代にそうした文明機器が無いのは、一体どういうことなのだろうか。
それに、あの恰好だ。真冬の玄関に着物一枚で出てきた時は驚いたものだが、それさえもこの部屋の異質さの前では、霞んでさえ見える。
ーー家の雰囲気にそぐわないからだろうか。
京都には古風な街並みが崩れるという理由で電柱が少ない地域がある。それと似たような物だろうか。
だとしても、男には納得がいかないどころか、ますます疑心は深まっていくばかりだ。
ーーこの家は、不気味だ。
薄ら寒ささえ感じ始めた頃、少女がお茶を盆に載せ音も無く戻ってきた。
「お待たせしました。どうぞ、粗茶ですが」
少女はそう言い、盆を座卓に置くと淀みない動作で正座した。少女の一つ一つの動作は、まるで舞のように流麗さを備えていて、気が付いた時には見惚れていた。我に返り、卓上を見遣る。盆の上には、湯気がゆらゆらと立ち昇る緑茶。外の凍てつく寒さを彷徨っていた男からしてみれば、この上ないもてなしであった。
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