二日月(ふつかづき)

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男が着ていたジャケットの背中のロゴは、 『Centaurs’(ケンタウロス)』 月子の危うい記憶が間違っていなかったら、の話だ。 「はぁーっ」 大きなため息をつく。 そんな学生の気落ちした姿は、この卒論の締め切りを控えた12月の図書館の中では、そうめずらしいものではない。 「お待たせ」 椅子をならして月子の向かいの席に座ったのは、同じ経済学部の遠藤品奈だ。 「ああ、品奈」 月子は目の前に広げた論文を隠すように、テーブルに突っ伏した。 「なに浮かない顔して。悩みごと?」 「そんなんじゃない」 同時に散らかしっぱなしになっていた、レポート用紙をひとつの塊にかき寄せた。 「なんだー、卒論かー」 品奈は言って、 「論文なんて『可』さえとれば十分じゃない。月子はウチに就職も決まってんだからさ」 月子が見落とした一枚を、月子の手元まで寄せてくれた。 品奈の家は、中小だけれど遠藤物産という不動産業を営んでいる。 品奈は大学卒業後、そこの事務員にちゃっかりと納まる予定だ。 そしてこの不景気に、ありがたいことに、 『月子も一緒に』 と言ってもらっている。
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