十六夜(いざよい)

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支度をするために立ち上がる久我に、慌てて言う。 「あのっ、電話が通じなくて」 すると久我は、 「ああ」 納得したように、うなずいた。 「……実は、壊しちまって」 「携帯が壊れたんですか」 久我は決まり悪そうに頬をかく。 「ショップへ行ったんだけど、いろいろ面倒くさくって契約解除しちまった」 「はあ?」 それで電話が繋がらなかったのかと納得がいく。 それにしても大胆な話だ。 この現代に電話もなしで生活するとは。 「悪い。すぐに新しいの買ってくるから」 久我が慌てたように言う様子がおかしくて、月子は笑った。 少なくとも、月子を拒絶した以外の理由なら、結局なんだって良かったのだ。 月子はホッと安心する。 「わかりました」 月子は言った。 「じゃあ、契約したら、ちゃんと教えてくださいね」 「ああ」 久我はうなずいて、それから何かを思い出したように、着たジャケットのポケットに手を入れる。 そこから、 「これ」 と、月子に向かって拳を差し出す。 月子は慌てて立ち上がると、久我に向かって手を伸ばした。 月子の手のひらに乗せられたのは、一本の鍵。 「この部屋の合鍵。寒くてもかまわないなら、いつだって来ていいから」 言葉少なに言う久我の頬は少し赤くなっている。 月子はつい嬉しくて破顔した。 「はい!」 声を弾ませる月子に、久我はそっと身をかがめると、唇に触れるだけの優しいキスをひとつくれた。
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