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それにしても、子供のころの約束を覚えていてくれるなんて、本当にうれしいなぁ。
黒っぽい座椅子に座ると、欣快(きんかい)に浸る。
『大きくなったら、一緒に暮らそう』
どちらかが言ったか、どんなタイミングだったか、何か他意はあったのか。
それは覚えていない。ただ、この約束したのが記憶に刻まれている。
何も他念(たねん)はなかったのだろう。世の中の汚れも知らず、穢(けが)れず、多色で温かく、遠い日々。今はどうだ。世の中の汚い所を知り、他人に怯え取り繕い、つぎはぎだらけになって、真っ黒くなった日々。
座椅子に座りながら、息を吐く。分かっている。穢れも他意も知らず、ただ純粋だったからこそ、口にできた言葉なのだと。言い換えれば、大人になった今、この約束は無かったことに等しい。
まあ、こんな御託(ごたく)や戯言(ざれごと)は建前。本音を言うと彼女が覚えていようがいまいが、こちらだけが知っていればいい。それが、事実。
じゃあ、この数分は何だったのかと言えば、単純に暇つぶし。思考を練って紡いで壊すことで、この満ち足りない時間を適当に過ごす。
突き詰めれば、本当に人間が素晴らしく創られ、憎たらしいほどに美醜(びしゅう)があることが分かる。
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