261人が本棚に入れています
本棚に追加
別の眼鏡屋にも行きたい。と、河南が自分から俺の手を引いた。
「ここは、高いから、ほんと見るだけな?」
河南に連れていかれたのはショッピングモールの二階にある、小物なども扱っている眼鏡のセレクトショップだった。
河南がこんなオシャレな店に関心を持っていたなんて意外だ。
俺もこの店のことは見知っていたが、中を覗いたことはなかった。
確かに、安いものでもフレームだけで二万強からで、ほとんどが四、五万円だ。
そして各フレームの個性を大切にしてるらしく、店頭に並べられた品数は少なめ。
どの眼鏡も遊び心のある色使いで、派手なものもあるけど上品にまとまっている。
「高遠に……アレ、似合いそう」
河南が控えめにボストンフレームの眼鏡を指さすと、俺たちの様子を見ていた白シャツに黒いスラックス姿の女性店員がサッとその眼鏡を手に取った。
「ご試着どうぞ」
笑顔の店員に勧められるまま、眼鏡を試着する。
至ってオーソドックスな形だが、よく見るとフレームの面ごとに色が違ってオシャレだ。
商品に値札がついていないから、試着もしやすい。
最初に「見るだけな」と、念押しをしていた河南が、俺にうっとりとした眼差しを向けている。
なるほど。買い物なんかしなくても『俺を見るだけ』で幸せなのか。
いじらしいな、河南。
「カレシ、イケメンだから、何でも似合いますね」
店員の言葉に大きくウンウン!と河南が頷く。
その様子を他の女性店員も微笑ましく見ている。
知らなかった。いつの間にか日本は、男同士のカップルにこんなにも寛容になっていたのか。
「これもかけて!これも!」
「河南、(俺を)見るだけなのに、あまり店員さんに手間を取らせたら迷惑だろう」
「大丈夫ですよ。とても似合ってるし、店頭でこうやって試着してもらえると宣伝になりそう」
「はぁー。高遠ほんと眼鏡似合うよなぁ。超カッコいい!」
語尾にハートが三つくらいついていそうな浮かれた声を河南が上げる。
そんなお前が可愛いすぎるよ。
河南のラブビームが強烈なうえ、店員さんも寛容なため、結局俺は店頭に飾ってある眼鏡の半分くらいを試着するハメになった。
店員に礼を言ってショップをあとにし、近くのカフェでお茶をすることに。
河南がショーケースに張り付きそうな勢いでケーキをガン見している。
オヤツから目を離せない犬のようで可愛い。
あれだけケーキに釘付けだった河南だが、オーダーを取りに来た店員に頼んだのはコーヒーだけだ。
「ケーキ、頼まなくていいのか?」
「美味そうだけど……いい。我慢する」
「食いたかったのどれ?」
「聞くなよ食べたくなるだろ。……フランボワーズのレアチーズケーキのやつ……」
聞くなよなんて言いながら、しっかり答える河南が可愛い。
「じゃあ、俺はフランボワーズのレアチーズケーキとホットコーヒーのセットで」
女性店員に微笑みオーダーすると、河南がものすごく恨めしそうな顔をした。
「なんだよ、ケーキを見せつけるつもりか?」
「ふっ。そうだよ」
別にケーキを食べたかったわけじゃない。情け無い顔で我慢する河南を見ると、代わりに注文せずにはいられなかった。
テーブルに届けられた、シンプルな白い皿の上には、真っ赤なソースも鮮やかなケーキが。
ピンクと白の二層の断面も綺麗だ。
河南は自分の前に置かれたコーヒーには目もくれず、俺の前に置かれたフランボワーズのレアチーズケーキに釘付けになっている。
ケーキの先端をフォークで切り分け、河南の口元にもっていった。
「……なっ……」
ぷっと頬を膨らませ、河南が横を向いた。
最初のコメントを投稿しよう!