期間限定の恋人(前篇)

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「お疲れ様。思ったより大変だったね」 百年ほど先輩の霊が声をかけてくれる。なかなか綺麗な、落ち着いた感じのいい女性だ。あたしは振り向いて愛想よく言葉を返した。 「お疲れ様です。本当、結構でしたね。何日くらいかかりましたか?」 「慣れないうちは時間の感覚も難しいよね。せいぜい五日くらいかな」 「五日か…」 ため息をつく。仕事が全然終わらなくて、帰れない日が続いてしまった。アキにその間全く会えなかったが、大丈夫だろうか。まぁ子どもじゃないんだから、自分で大抵のことはできるだろう。と、思いたいところだが、なかなかそう簡単じゃない。 できるだけアキをひとりにしないように、あたしかジュンタのどちらかは同じ仕事をするように気をつけてはいるから、今回はジュンタがちゃんと彼女をみている筈だ。だからそんなに一刻を争う必要はないんだけど。 「フミノさん、今日もう帰って大丈夫ですか?」 先輩の霊に尋ねてみると、彼女はにっこり笑って手をひらひら振ってみせた。 「大丈夫じゃない?あの場所はあれで大体、片付いたと思うよ。まぁもしあれで駄目なら、また改めて招集がかかるでしょ。今日はどっちにしろ、もう全員疲れて使いものにならないんじゃないかな。家帰ってしばらく眠るといいよ」 「そうさせてもらいます」 何とはなしに肩を軽く揉む。身体的な疲労はない筈なんだけど、時間の感覚が生前と違うとはいえ、五日間も精神を集中させた神経の疲れは、身体と頭のどこが参っているのか自分でも判別できないほどに強く感じる。 「アキちゃんとこ帰るの」 フミノさんが冗談ぽく軽く付け加える。あたしは肩を竦めた。 「アキのとこってわけじゃないですけど。隣同士に住んでるだけです」 「チサトさん、別に無理することないじゃん。心配なんでしょ?早く顔見て安心するといいよ。また今度ね」 彼女は百年も先輩であるにも関わらず、あたしのことを『チサトさん』とさん付けで呼ぶ。霊同士の上下関係はなかなか微妙で、決まったルールはない。高級霊になってからの年数が経っていても、見た目が十代や二十代前半の者はそれなりの若年者として扱われることが多いし(ちゃん付けタメ口きかれるとか。まぁわざわざ十代のルックスを敢えて選択するような輩は、それを歓迎するような傾向もあるし)、本人の選んだ年齢を基本に、経験年数をそこはかとなく掛け合わせた年次で各々適当に判断するようだ。
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