期間限定の恋人(前篇)

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あたしは霊になった時に三十歳前後あたりを選択したので、二十代半ばの見かけのフミノさんからするとタメ口を使いづらいらしい。 アキの顔を早く見たい気持ちは正直なところあったので、あたしはお言葉に甘えて、素直にその場を立ち去ることにした。 「どうもお疲れ様でした、フミノさん。それじゃあ、また今度」 頭を下げて、詰所から出る。そこは都心のオフィス街だ。明け方なので、人間の姿は殆ど見られない。そこから直接部屋まで自分の力を使って飛ぶこともできるが、余計なエネルギーを使いたくないので街のところどころに開いている『穴』を使う。空間を繋いでいるワームホールみたいなものだ。これを幾つか経由して帰宅する。 あたしは重い身体を引きずるようにして『穴』に入っていった。美術館の亜空間の、あの部屋へ向かって。 「…チサトさん!」 回廊展示室に入っていくと、どうやって気配を察したのか、自分の踊り場スペースからアキが速攻駆け下りてきた。髪をなびかせて上気したような顔で駆け寄ってくるアキを見ると、胸の奥に小さな花が咲いたような気持ちになる。手を伸ばして彼女に触れたいのを辛うじて抑え、あたしは微笑んだ。 「ただいま、アキ。特に変わったことなかった?大丈夫?」 「大丈夫じゃないですよ、チサトさん全然帰って来ないんですもん。何かあったかと思いました」 口を尖らせるようにして文句を言うアキ。その横から近寄ってきたジュンタが顔を出す。アキの声を聞きつけて、自分のスペースから降りてきたらしい。 「よう、チサト。なんだか久しぶりだな。どこの仕事だよ。何日いなかった?」 「五日くらい…、らしいけど。あの、河っ淵のタワーマンションだよ。 すごい気の流れが変わっちゃって…。陰の気がもの凄く強くなってバランスがおかしくなってるみたいで、駆り出された。結構な人数でやったけど、あんな程度で変化出るのかな…」 マンションの名前を口にすると、ジュンタは「ああ、あれ」と顔を顰めた。 「あれ、俺も建て始めの頃行ったな。場所が圧倒的におかしいよね。大きな河の側は大体なんか道通ってるから、もう少し建てる時慎重になってくれるといいんだけど。今時の建築会社、陰陽師いないのかね?」 いないだろ! アキが伸び上がるようにジュンタを見上げ、口を挟んできた。 「ジュンタさん、昔、生前に建築関係の仕事してたって言ってたじゃないですか。その時はいたの?」
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