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第2章 出動依頼に胸踊る
専業主婦だった河瀬テルミは先月、四十五才になった。
二人の子供からもどうにか大学生となり、少し手が開いた時に自分の時間と向きあえるようにもなった。
趣味だった編み物を始めた。近所の手芸店に足を運び、色様々な毛糸を見比べながら過ごす時間は久しぶりに思えた。
ーー従業員募集中。詳しくは店長まで
結婚前、テルミは地元の銀行員だった。夫とは社内恋愛で、三年の行員時代も今となっては懐かしい思い出しかない。
「だけど、こんな私でも役に立てるの?」
長く家族のためにと専業主婦を続けて来たから、社会に出て働くことは少し怖くも思えた。
夫用にと靴下を編むつもりで毛糸を選び、レジで会計を済ませながら、同世代の店員を観察した。
「ありがとうございました!」
「嗚呼、ハイ……」
何だかその気迫に圧倒されて、テルミは買い物袋を抱えて店を出た。
ムリだと思った。自分が社会の中で働くなんて。
ふと、行員時代の淡い記憶が蘇ってくる。
同期たちがドンドン仕事を覚えていく中、テルミは誰よりも鈍くさく、いつも上司に怒られていた。
「そうだった。プロポーズされた時、驚いたもの」
家路を急ぎ、まかさ夫が自分を選ぶとは思っていなかった。
編み物は始めると、一人の時間は気楽だと思う。
誰に急かされることもなく、自分のペースでてを動かせばいい。
三時間ほどして、片足が編み終わった所で手を休めた。
肩が凝っていた。首を回すように動かした。
少し遅くなった一人きりのランチは、冷蔵庫の残り物で済ませることにした。
だけど、心に何かが引っ掛かる。
今まで子育てと言う逃げ道が、それから目を背けさせていた。
「私でも働けるのかな?」
今の自分に何が出来るのだろう。
改めて向き合うと、自分の小ささばかりが目についた。
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