第2章 出動依頼に胸踊る

1/4
前へ
/52ページ
次へ

第2章 出動依頼に胸踊る

専業主婦だった河瀬テルミは先月、四十五才になった。 二人の子供からもどうにか大学生となり、少し手が開いた時に自分の時間と向きあえるようにもなった。 趣味だった編み物を始めた。近所の手芸店に足を運び、色様々な毛糸を見比べながら過ごす時間は久しぶりに思えた。 ーー従業員募集中。詳しくは店長まで 結婚前、テルミは地元の銀行員だった。夫とは社内恋愛で、三年の行員時代も今となっては懐かしい思い出しかない。 「だけど、こんな私でも役に立てるの?」 長く家族のためにと専業主婦を続けて来たから、社会に出て働くことは少し怖くも思えた。 夫用にと靴下を編むつもりで毛糸を選び、レジで会計を済ませながら、同世代の店員を観察した。 「ありがとうございました!」 「嗚呼、ハイ……」 何だかその気迫に圧倒されて、テルミは買い物袋を抱えて店を出た。 ムリだと思った。自分が社会の中で働くなんて。 ふと、行員時代の淡い記憶が蘇ってくる。 同期たちがドンドン仕事を覚えていく中、テルミは誰よりも鈍くさく、いつも上司に怒られていた。 「そうだった。プロポーズされた時、驚いたもの」 家路を急ぎ、まかさ夫が自分を選ぶとは思っていなかった。 編み物は始めると、一人の時間は気楽だと思う。 誰に急かされることもなく、自分のペースでてを動かせばいい。 三時間ほどして、片足が編み終わった所で手を休めた。 肩が凝っていた。首を回すように動かした。 少し遅くなった一人きりのランチは、冷蔵庫の残り物で済ませることにした。 だけど、心に何かが引っ掛かる。 今まで子育てと言う逃げ道が、それから目を背けさせていた。 「私でも働けるのかな?」 今の自分に何が出来るのだろう。 改めて向き合うと、自分の小ささばかりが目についた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加