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旧道に面した商店街、今は寂れてかつての賑わいなど何処に消えたのか、それでもこの辺りが町の中心地だった。
「ほら行くよ!」
店を継ぎ、三代目となると決めたタロウの一番の悩みは、老いた母の事だった。
働き者の母に異変を感じたのは二年前、物忘れが目立ち始めて、診察を受けさせた。
まだまだ若いと思っていただけに、実際に母親が初期の痴呆症だと宣告されたのはショックだった。
いずれは介護すると分かってはいたが、その介護すらまだ理解していないままに、タロウはそれに直面しなければならなかった。
それでも早く亡くなった父親が遺した土地がそんな親子の生活を救った。
ほとんど売り上げの見込めない人形店の損失と生活費は、駅前のスーパーマーケットに貸した地代でどうにか賄えていた。
「母さん! ほら、靴を履くんだろ?」
玄関先で腰を下ろしたは良いが、そこで手足を揺らしている母の姿を見るとタロウは涙が出た。
「行くよ!」
痩せた手をとり、車に乗せる。
タロウは店の営業日の朝、近くにあるディーサービスに母を預けに行った。
車で五分と掛からない。
やたらと広い駐車場に車を止め、タロウは母と建物の中に入って行った。
「ヨロシクお願いします」
「アラ、おはようございます。さぁさぁ、ウメ子さん!」
店が休みの日、タロウは母と二人で一日を過ごす。
母が目を覚まし、再び床に入ってもなお、タロウは介護から解放されることはなかった。
「ヨロシクお願いします!」
深々と頭をさげた。
人の優しさをこれほどまでに感じたことはない。
もしこの施設が無くなれば、タロウの心はささくれて、正常では居られなくなる。
それくらいギリギリところで、タロウは生きていた。
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