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「これじゃあ私、いつまで経っても先生のお嫁さんになれない」
「来世に期待だな」
「じゃあ今から一緒に死んで来世で逢おう」
神奈木蜜子は滅多に感情を表さない。
劇薬の入った棚のシリンダー錠を、耳上に付けていたヘアピンでピッキングしようとしている今でさえ真顔だ。
この学校のセキュリティを突破することなど、彼女にとっては二次関数を解くよりも遥かに簡単なのだろう。
乾いた空気にため息を吐く。半分ほど残った煙草を名残惜しく缶の縁に押し当てた後、後ろから彼女の手首を掴んだ。
「カチャカチャうっさい」
「嬉しい。先生から触れてくれるなんて」
彼女は身を翻(ひるがえ)し、細い腕で俺の胴にしがみつく。腰まで伸びた黒髪から桃のような香りが立った。
部屋には鍵をかけてはいるものの、万が一こんなところを誰かに見られでもしたら、地道に積み上げてきた俺の人生は一瞬で崩落だ。
己の身以外に守るものがないのは、不幸中の幸いである。
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