一章 人形は、かくれんぼしましょう

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というわけで、僕ら四人はタクシーに乗りこんだ。 鞍馬山は京都市の北を守る霊山。 ご存じカラス天狗の生息地(伝承)だ。 牛若丸が天狗に剣をならったとか、ならわなかったとか。 そんなふうに言われるだけあって、市内とはいえ、一歩入ると、りっぱな山中だ。 学生のときハイキングしたけど、貴船神社から鞍馬神社まで、往復四時間だよ。きつかった。 こんなとこに、好んで住む人がいるのか。修験者でもないのに。 僕らは、こまわりのきくタクシーで移動。 途中で私道に入るんだけど、それがまたオカルト要素まんさいの土の道。 両側にイチョウの並木があって、秋なんか、きれいだろうけどね。 今日の僕は悪魔に魂売った人が住んでるんじゃないかとビクビクだから、さわやかな山の空気を感じてるゆとりはない。 「じゃあ、運転手さん。ここで待っててくださいね。これ、チップです」 蘭さん、チップに一万も出して。そんなムダづかいを……。 でも、運転手さんの顔がデレデレになってるのは、たぶん、渡された万札のせいではない。 蘭さんの着物姿のせいだ。 蘭さんは外出時、よく変な仮装をする。砂糖にむらがるアリみたいに、ウジャウジャよってくるナンパをさけるためだ。 僕らと出会ったころは、十九世紀末英国紳士風フロックコートだった。 それから女装、半女装ときて、最近、和服になった。 ただし、蘭さんのは和服っていうより、和風コスプレなんだよね。 今日は大島紬のヘビ柄の着流しに、黒のレース編みの羽織。レース編みの手ぶくろ。同じく黒の女物の日傘でしょ。 帯とゲタだけ男物ってのが、かえって、倒錯的。 高い反物仕立てて、何もこんなコスプレしなくても……。 でも、それがまた、とんでもなく似合ってる。 かえって変な人、ひきよせそうだ。 「あ、失敗。ゲタだと山道、歩きにくいなあ」 「そこまでしなくても、おれたちといるあいだは大丈夫だって。ボウシとサングラスで、じゅうぶんだ」 「ですよね。猛さんが守ってくれるから。ね、猛さん。ダッコして」と言って、蘭さんは、するっと猛の腕をつかんだ。 知らない人が見たら、絶対、カップルだと思うよね。 「なに言ってんだ」 「じゃあ、オンブ」 「脳みそ、ゆだってるぞ」 以前は二人がイチャイチャ(?)してると、ちょっと妬けたんだけど。もう、なれたな。
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