一章 人形は、かくれんぼしましょう

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蘭さんほどの超越神美形に迫られても、兄ちゃん、動じてないし。 蘭さんのは、ただの甘えん坊だし。 僕らはイチョウ並木を歩いていった。幸い、まもなく家が見えた。 よかった。ほんの十五メートルほどだ。 山中に隠棲する仙人みたいな人形作家の自宅は、モダンな洋館だ。 二階建ての大きな家。 黒い格子のまどから、なかが見える。一つは居間で、一つは書斎のようだ。 おどろいたのは、前庭に三台も車が停まってたこと。 「あれっ? 一台は本人にしても、二台はお客さんってこと? けっこう社交的なんだね」 僕は吸血鬼みたいな陰気な人かと思ってた。 ところが、青、黄、赤の信号機みたいな車を見て、三村くんは首をひねる。 「クラウンは蛭間さんのやな(青いやつね)。あとのは初めて見た」 「来客中ってことですね。けっこう。向こうのガードは甘くなってる」 さすがは蘭さん。人生で一度も、ふられたことない人だ。遠慮なく呼び鈴を押した。 しばらくして、インターホンがつながる。怒ったような男の声が早口に告げる。 「保険や宗教には興味ない。弟子も、とらない」 僕らは顔を見あわせて、苦笑いだ。 「三村さん。宗教の勧誘と同列ですよ」 「よっぽど、しつこく、たずねたんだねえ」 僕らが笑いだしたんで、あやうくインターホンが切れるとこだ。カチッと、通話の切れそうな不吉な音がした。 あわてて、蘭さんが猫なで声をだす。 「僕、九重蘭です。とつぜん、オジャマして、すみません。蛭間さんの電話番号を存じあげなかったものですから」 すごいね。蘭さん効果。 まるで、『ひらけゴマ』だ。 そくざにカギをはずす音がした。 警戒ぎみに細めにひらいたドアは、次の瞬間、全開に。 「ああッ」とか「おおッ」とか奇声をあげながら、男が出てくる。 蘭さんの手をつかんで、そのまま中へ引き入れようとする。 蘭さんの笑顔は、ひきつった。 「あの……蛭間さんですよね? 僕の友人も、いっしょでいいですか?」 蛭間さんはコクコク、うなずいてから、そこで、ようやく、三村くんに気づく。 ちょっと目つきが冷静に戻った。 「なんだ。君か。弟子はとらない。帰ってくれ」 不機嫌になった顔は、青白い吸血鬼だ。オールバックだし、イメージぴったり。たぶん、こっちが、ふだんなんだろう。 三村くんは蘭さんのあいてるほうの手をつかむ。
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