一章 人形は、かくれんぼしましょう

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「弟子志願の三村です。以後、よろしゅう」 以後って……ちゃっかり出入り自由にしてしまう気だ。三村くん。 猛も三村くんも、すごいツラの皮。僕にはマネできない! 図々しい人たちに囲まれて、僕は赤面した。だんろの上のカガミに映ってたから、まちがいない。 そんな僕を見て、愛波さんは、くすっと笑った。 ちがうんです。僕は普通人なんです。兄ちゃんたちとは違う。おねがい。誤解しないで。 しかし、僕の恥じらいなんか、誰も気にしてない。 みなさん、蘭さんに夢中だ。 蘭さんをかこんで、その美貌をほめたたえてる。 三村くんは、なんとか、その人たちの輪に食いこもうと必死だし、猛はーー蘭さんに、つかまってた。 蘭さん、これだけが命綱って感じで、兄ちゃんの胸ぐら、にぎりしめてるよ。 あぶれた僕は、まわりを見まわした。 だんろはマキじゃなく電気製。 だけど、天井まで届きそうな飾り棚には、きれいなお皿やビンやオルゴールなんかが飾ってある。 前面がガラス戸になって、中が見えるやつだ。 そういえば、人形作家なのに、自作の人形が一体も見当たらないな。どこにあるんだろう? 「お茶でも飲みますか?」 とつぜん、背後から声をかけられた。 ま……愛波さんだ。 蘭さんに、とびついていったんじゃなかったのか。 わあっ、感激。そんな女の人、いるんだあ。 「お気遣いなく。急に押しかけてきたのは、こっちですし」 「でも、兄は喜んでいます。あんなに舞いあがった兄を見るの、何年ぶりかな」 「蘭さん効果、絶大ですからね」 愛波さんは真顔で耳打ちしてきた。 「あのかた、ほんとに男性ですか? 鯉のぼりってことは、男性ですよね?」 僕も負けずに小声で返す。 「ここだけの話、じつは男性なんです」 僕らは一瞬、バッチリ目があった。 次の瞬間、愛波さんは、ふきだした。 「いやや。ここだけの話って……おもしろい人ですね。ええと」 「東堂薫です」 「東堂さん。じゃあ、お茶を運ぶの、手伝ってもらえますか?」 「いいですよ」 むふふ。いいペースでお近づきになってるぞ。 僕らは二人で居間をでた。愛波さんといっしょにキッチンへ入る。 愛波さんは大きな食器棚から、てぎわよくティーセットをとりだした。ここのキッチンの勝手に、くわしいようだ。 せっかくのチャンスだったのに、なんか、うかれちゃって、僕は気のきいたことを言えなかった。
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