一章 人形は、かくれんぼしましょう

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「京都のどのへん?」 五条の僕らの家に寄り道できる範囲ってことだよね。 「くらまや」 「えっ? 鞍馬山?」 「まあ、ふもとに近い。車道離れた山んなかに、ぽつんと一軒家やで。かーくんなら、夜中、トイレ行けへんな」 やだなあ。そんな怖さみしそうなとこ。僕は住みたくない。 アーティストって変わってる。 それにしても、蘭さん。さっきから、もくもくと冷麺たべてるけど、口にあわなかったのか? 蘭さんの高級なものしか食べたことない口には、一食百五十円の冷麺ではムリがあったか……。 「その作家、名前は?」 「蛭間っちゅうねん。蛭間ソード」 「ソードって、つるぎ?」 「蒼い人って書いて、ソードや。ええなあ。カッケー名前。おれなん、シャケやで」 三村くんの下の名前は鮭児なり。 「いいじゃん。鮭児は高級魚だよ。僕、たべたことない」 「おれかてないわ」 「僕、あります。おいしかったけど、僕より猛さんが好きそう」と言いつつ、蘭さんは美しいおもてを思いっきり、しかめた。 鮭児でさえ口にあわなかったか……いや、違う。 「僕、その人、知ってます」 ん? 蘭さんのこの表情は、ストーカー体験を語るときのそれ……。 「しつこいんですよね。どっかで僕のこと見かけたらしくって。何年も前から、モデルになってくれって」 なんだ。それで、さっきから渋い顔してたのか。冷麺のせいでも、鮭児のせいでもなかった。 「会うたんかいな?」 「いえ、手紙ですけど。どこで調べたんだか、実家の住所を知ってるんですよね。 今でも、月イチで届くらしいです。てっきり、ストーカーだと思ってた」 うおォッと、三村くんが変な雄たけびあげるんで、ミャーコがビックリしてテレビ台のスキマに逃げこんだ。 ああ、長い毛にホコリが……。 「信じられへん。こいつ、蛭間さんをストーカーあつかいや!」 「だって、見ず知らずの人から人形のモデルになってくれって、ふつう、あぶない人だと思うじゃないですか。ほんとに人形作家だとはね」 ムリないか。蘭さん、僕らと暮らすようになってからでさえ、すでに二回、さらわれてるしな。 某有名ゲームの桃姫なみの、さらわれぐせ。 「じゃあ、蘭さんの勘違いだね。あんがい、会ったら、気のいいおじさんだったりして」 「ちゃうで」と、三村くん。 「年は、おれらより、十歳上や。正確には九つやったかな」 三村くんも猛たちと同い年。
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