一章 人形は、かくれんぼしましょう

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「なんだ。けっこう若いんだね。人間国宝みたいな人かと思ったよ」 「腕は国宝級や。何年もイギリス住んどったし、海外の人気も高い。けど、モデルことわったんは、正解やな」 「なんで?」 あれ? 僕の冷麺、こんなに減ってたっけ? まあいいか。 「これ、有名な話やねん。ちゅうか。おれも最初、それで、名前、知ってんけどな」 三村くんは妙に真剣な口調で、声をひそめた。 「悪魔と契約したらしいで。蛭間さん」 「悪魔?」 「契約?」 僕と蘭さんは声をそろえる。 猛は……猛はーーって、僕の冷麺、盗み食い! 「兄ちゃん! まじめに話、聞こうよ。今、すごく、いいとこだよね?」 「すまん。続けてくれ」 口先だけ謝って、猛は口に入れかけた冷麺をズルズルとすすった。 僕の冷麺を……。 「もう、じゃれんでええか? ほな、言うで。 ストラディバリかて、悪魔に魂、売ったんやとか言われるやんか。そのたぐいやな。 腕よすぎやさかい、そねみと讃嘆、半々で言われるんやろ」 蘭さん、目が、らんらん。 「芸術家としての技術を悪魔から買ったって、ウワサされてるわけですね?」 好きそうな話だもんな。 蘭さんは、こう見えて、趣味はグロテスク。 「ウワサや。ウワサ。ほんまに悪魔なんか、おれへんて」 僕は、ちょっぴり、ほっとする。 「う、うん。そうだ。悪魔なんかいない」 いたって、幽霊よりは怖くない。たぶん……。 しかし、三村くんは僕の安心をうちくだく。 「せやけどな。蛭間さんの場合、ただのウワサとも言いきれんねん。じっさい死んだやつもおるしな」 やーめーてー。怖いよ。 「そもそも悪魔に魂、売ったとか言われだしたん、そのせいやしな。蛭間さんのモデルになった人がな。何人か死んでんねん。 おまえら、蛭間さんの人形、見たことないみたいやし、まず、これ見てみい」 三村くんはポケットからスマホを出して、僕らの前に何体かの人形の写真を見せた。 なるほど。三村くんが僕らの人形なんか作りだしたわけが、なんとなくわかった。 蛭間さんの人形、このとき、僕は初めて見た。 が、なんていうかな。なつかしい。どっかで見かけたような気になる女の子たちだ。 「ふつうっぽいっていうか。そのへんに、いそう? もちろん、可愛いんだけどさ」 僕の冷麺を盗むことしか考えてなかった猛さえ、会話に参入してきた。 「人間っぽい人形だな」
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